Archive for the ‘ 12東北-山形 ’ Category

産経ニュース
スキー列車“最後”惜しむ 山形着のゲレンデ蔵王号

 スキー客向けの季節列車としてJRに唯一残る「ゲレンデ蔵王号」が、今季限りの運行となる可能性が高まり、26日朝、到着した山形駅で今シーズン最後の走りを利用者らが惜しんだ。
 ゲレンデ蔵王号は、国鉄時代から続くスキー列車「シュプール蔵王号」の後継として平成16年に登場。冬の週末限定で首都圏と蔵王の麓の山形を結ぶ夜行列車として運行されてきた。ところが利用客は徐々に減少、スキー列車の存続について、JR東日本は「未定」としている。
 この日は午前8時前に列車が到着、スノーボードを抱えた若者らがホームに降り立った。東京都豊島区の会社員、松木秀和さん(34)は「車両は古いが快適。できるなら残ってほしい」と残念そう。
 スキー列車は1980年代のバブル期が最盛期。スキー人口が減少し、JRもコストが安いバスに輸送手段の重点を移行した。

・【HD1080p】583系ゲレンデ蔵王号2010/仙山線・東北本線
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毎日jp
蔵王:40年後、樹氷消滅!温暖化で下限上昇 山形大教授

 このままでは「アイスモンスター」が消えてしまう--。山形・蔵王の樹氷が温暖化の影響で30~40年後には姿を消すという研究結果を、山形大理学部地球環境学科の柳澤文孝教授(地球化学)がまとめた。樹氷の下限が過去約80年で約200メートル上昇しており、このペースが続けば、木がある標高の場所では樹氷ができなくなるという。【和田明美】
 柳澤教授らの研究グループは、山形市蔵王温泉の地蔵山頂駅(1661メートル)前で樹氷の観測や気温測定を続ける傍ら、樹氷が発見された1914年から今までの研究資料や文献・写真、山形地方気象台などの観測データを分析した。
 その結果、樹氷の下限(標高)が▽約80年前は1400~1450メートル▽約40年前は1500メートル▽近年は1550~1600メートル付近--と徐々に上昇。山形市の1月の平均気温も▽1926~30年は氷点下2.16度▽66~70年は同1.48度▽2007~11年は0.22度--と過去80年で2.38度上昇していた。

 柳澤教授はこれらのデータから、30~40年で気温が約1度上昇したのに伴い、樹氷の下限が約100メートル上昇したと解析。このペースが続けば「30~40年後の下限は理論上、標高約1700メートル」と判断した。しかし地蔵山(標高1736メートル)をはじめ蔵王の1700メートル以上の山腹には木がないので「樹氷はすべてなくなる可能性がある」と結論付けた。
 樹氷は過冷却された空気中の水蒸気が常緑針葉樹にぶつかって凍りついたもの。各地が豪雪に見舞われている今冬は、山形市も5年ぶりの豪雪で、1月の平均気温も氷点下1.6度。標高1500メートル付近の低い地点でも樹氷が見られる。柳澤教授は「気温は上下を繰り返しながら次第に上昇している。この5年の平均気温をみれば以前より上がっている」としている。

蔵王ロープウェイ 樹氷 温泉 スキー場 トレッキング 山形 東北
蔵王温泉スキー場 | スキー スノーボード 温泉 | 山形県 蔵王温泉スキー場
国立大学法人山形大学 地球環境学科 地球環境学専攻
柳澤 文孝 | 山形大学研究者情報

47News
山形の「伝説のコメ」が復活 アイガモ農法学び安定栽培

 味の良さで知られていたが、農薬に弱く大量生産に適さないとして、市場から姿を消した山形県産米の「さわのはな」が近年、有機農法などにより徐々に栽培量を増し、“伝説のコメ”の復活と話題を呼んでいる。
 さわのはなは1960年に山形県が開発。おいしく冷害にも強いとして、県の奨励品種にもなったが、精米すると小粒になるほか、化学肥料で味が悪くなる欠点もあり生産されなくなった。
 山形県長井市で復活に取り組んだのは農業遠藤孝太郎さん(58)と横沢芳一さん(58)。2人は今秋の生産分について予約受け付けを開始するなど、冬の間も着々と栽培の準備を進めている。
 「山形生まれのおいしいコメを残したかった」と遠藤さん。自家用に育てていた農家から種もみを譲り受け、95年に栽培を開始。当初は化学肥料や除草剤も使ってみたが、うまく育たず「田から消えた理由が分かった」という。
 2人は99年、先進的な有機農法で知られた宮崎県綾町を訪れ、町ぐるみの堆肥作りやカモを放し飼いにする「アイガモ農法」を学び、さわのはな作りに応用。その後も収量を追求せず、目の届く範囲で丁寧な栽培を心掛けることで、徐々に安定した栽培を可能にし、昨秋は約5・5ヘクタールの田から約20トンを収穫した。

さわのはな倶楽部
Wikipedia : 有機農法
Wikipedia : 合鴨農法

産経ニュース
絶滅のはずが! 山形の雪山に現れた「幻のニホンジカ」

 山形県内では絶滅したと考えられていた「ニホンジカ」が大江町の山中で目撃された。地元の大江町山岳会のメンバーがトレッキング中に偶然遭遇したもので、真冬の“珍客”に山の達人たちもびっくりしている。
 ニホンジカを目撃したのは、山岳会のメンバーで大江町職員の庄司光幸さん(32)。先月29日、知人と2人で大頭森(だいずもり)山(標高984メートル)にトレッキングに出掛けた。正午までに登れるところまで行って引き返す計画を立て、午前9時半に出発したという。
 3メートルほど積もった雪をかき分けて沢伝いに歩いていた午前11時半ごろ、知人が「何かいる」と庄司さんに声をかけてきた。雪崩を気にして上を見ていたが、視線を戻すと大きなお尻が逃げていくのが分かった。
 最初は地元でよく見かけるカモシカかと思ったが、足が長く、長い角を持っていたので、「シカがいるわけない」と思いながらもシャッターを切ったという。
 知人によると、シカは木の皮を食べていたようで、2人が会話しながら歩いてくるのに気づき、逃げ出したようだ。一瞬見失ったが、白い雪に角が出ているのを発見。「シカも慌てることもなく雪に隠れていたのでしょうか」(庄司さん)。“体隠して角隠さず”であっさり見つかりはしたが、冬場でエサもなく体力も落ちていると考え、深追いはしなかった。
 持ち帰った写真を山形大学名誉教授に見せたところ、「ニホンジカのオスで4~5歳」とのお墨付きももらった。
 山形県内では大正期にニホンジカは全滅したとされている。シカは雪を嫌い、冬場にはエサもなくなることから山形からいなくなったとの見方がある。ちなみに、カモシカは「ウシ科」で、動物学的な分類上はシカではない。
 しかし、庄司さんによると、昨年、山形県朝日町で開かれた「マタギサミット」では県内の目撃例も報告されたという。

Wikipedia : ニホンジカ

47News
北前船でゆかりの地に寄港 今夏、日本海側の9新聞社

 東奥日報社など日本海沿岸の新聞社9社は31日までに、北前船を忠実に復元した木造帆船「みちのく丸」で今夏、北海道から島根県まで9道県の北前船ゆかりの港を巡る事業の実施を決めた。寄港地では船内を一般公開し、帆を張った航行の披露なども計画している。
 北前船は江戸時代から明治時代にかけ日本海沿岸に寄港しながら大阪と北海道を往復し、物流の主役を担い、文化の交流にも貢献した。
 みちのく丸は公益法人みちのく北方漁船博物館財団(青森市)が建造。船大工が米千石(約150トン)を積むことができる千石船を復元し、2005年に進水した。全長32メートルで、帆柱の高さは28メートル。北前船の復元船としては日本で唯一、実際に航行できる。
 計画では、7月中旬に青森港を出発。津軽海峡を渡り北海道に寄港した後、島根県へ。福井、石川、富山、新潟、山形、秋田の各県に寄港しながら日本海沿岸を北上し、8月末に青森へ戻る。
 航程の大半はえい航されるが、帆を張った当時の航法を再現する場面も設ける。寄港地では、地域活性化を図る独自のイベントも開かれる。
 実行委員長の塩越隆雄東奥日報社長は「環日本海地域はこれからますます発展する。北前船をそのシンボルにして活気づけたい」としている。

みちのく北方漁船博物館財団(2011年3月下旬リニューアル)
MICHINOKU MARU(みちのく丸) 詳細データ | 独立行政法人 海上技術安全研究所
北前船「みちのく丸」完成 | みちのく北方漁船博物館
WIkipedia : 北前船