北國新聞
日本最古級の湿板写真原板 大野弁吉、幕末に撮影

 幕末に金沢・大野で暮らした科学者、大野弁吉と豪商・銭屋五兵衛の息子が写った湿板写真の原板が2日までに、静岡県下田市の民家で見つかり、金沢市の県金沢港大野からくり記念館で公開された。弁吉が開発した写真機で江戸後期に撮影されたもので、これまで複写画像は出回っていたが、原板の所在は不明だった。湿板写真としては日本最古級で、弁吉の先駆的な写真技術を示す貴重な資料となる。
 原板は下田市の公務員松木正一郎さん(50)方に保管されていた。約1年前、金沢を訪れた松木さんが、県金沢港大野からくり記念館に展示されている複写画像を見て、自宅にある原板の存在に気付いたという。
 下田は「日本商業写真の祖」といわれる下岡蓮杖(しもおかれんじょう)の出身地であり、藩政期には、銭屋五兵衛による海運の出張所があったことなどが関係し、金沢から原板が渡ったとみられる。
 弁吉と、弁吉を援助した銭屋五兵衛の長男喜太郎とみられる人物が一緒に写った写真は「石川県写真史」などに掲載され、知られた一枚だったが、原板はなく研究者が探していた。弁吉の写真原板で現存しているのは、本人の肖像写真(金沢市の宮崎家所蔵)が唯一だった。
 見つかった原板は木製の額に入り、縦10センチ、横8.5センチ。江戸後期の撮影とされる。一枚しかプリントできないヨーロッパ伝来の銀板写真が使われていた当時、弁吉が焼き増しが可能な湿板写真をかなり早い段階で発明したことを示す。
 弁吉を研究する県立歴史博物館の本康宏史学芸課長は「日本写真史上でも貴重な資料」と評価し、「加賀藩と下田の関係について歴史的考察を進める上でも興味深い」と話した。県金沢港大野からくり記念館では松木さんから原板を借り受けて展示しており、伊林永幸館長は「弁吉の偉業をあらためて伝えたい」と話している。

石川県金沢港大野からくり記念館 – 公式ホームページ –
Wikipedia : 写真湿板
Wikipedia : 大野弁吉