福島民報
江戸時代の隕石?発見 福島の松川で不明から40年

 江戸時代に落下してきた2つの隕石(いんせき)のうちの1つと伝えられながら、土地改良工事後に所在不明となっていた大石が、福島県の福島市松川町で約40年ぶりに発見された。地元・天明根(てんみょうね)町内会の役員らが、古い文献や地図を基に探し当てた。見つかった石は「降石(ふりいし)」と呼ばれ、もう一方の「天明石(てんめいせき)」とともにかつては信仰の対象にもなっていたという。今後は由来の調査などを行い、壮大なロマンあふれる石を地元の「名石」としてアピールしていく。
 発見したのは天明根町内会長の茂木薫さん(70)と総務の境碩行さん(67)ら。「降石」は縦2メートル30センチ、幅1メートル。同町舘向の畑のごく浅い地中に埋まり、表土には枯れ草が積もっていた。表面は灰色でザラザラした手触りだという。
 松川町の天明根地区では昔から、隕石とされる2つの大きな石の存在が伝えられていた。江戸後期の天保12(1841)年に、旧信夫郡(現福島市)の風俗などをまとめて発刊された「信達一統志」には、「天明根村に天明石と呼ばれる2つの石がある。星から落ちてきた」との記述がある。
 さらに、昭和初期の郷土史には「信達一統志」が発刊される70年ほど前の、安永年間(1772~1781年)に「夜、空から光る石が落ちてきて、毎夜光を放った」などと記されていた。
 2つの石は、地名の由来になったとも言われ、地元では古くから親しまれる存在だった。
 40年ほど前に町で大規模に行われた土地改良工事の際、「降石」はいつの間にか土の中に埋められ、行方が分からなくなり、次第に忘れ去られるようになっていった。
 一昨年秋、茂木さんと境さんが地区の虚空蔵尊の由来を調べるうち、かつて祭られていた天明石に興味を持った。すると、行方知れずとなっている“兄弟石”の「降石」があることが分かったという。
 町内に住む友人の斎藤文郎さん(81)や西光寺住職の丹治宥勝さん(70)の協力を得ながら、「信達一統志」や土地改良工事が行われる前の地図を基に埋められたとみられる場所を調べていった。
 調査をしていることを知っていた地区住民から今年1月末、「畑を耕すのに邪魔な大きな石がある」との情報が寄せられ、発見につながった。
 茂木さんは、「先祖から伝えられてきたロマン。しっかり残していきたい」と喜ぶ。
 今後は、石の由来をさらに詳しく調べ、地域おこしにつなげる考えだ。「近隣の土合舘公園や西光寺、めがね橋など地区の史跡と合わせて歴史探訪ルートもつくり、地域に多くの人を呼び込みたい」と夢を膨らませている。
 田村市の星の村天文台長で、数多くの隕石を所有する大野裕明さん(62)は「まだ県内で本物の隕石は1つも発見されておらず、夢のある話だ。ぜひ実物を見てみたい」と話したている。