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小泉斐、少年時代の「縮図」 大田原の子孫宅で発見 栃木

 ■画名は木勝…「鮎図」の原点

 「鮎図」などで知られる江戸時代後期の下野国(栃木県)の画家、小泉斐(あやる)(1770~1854年)が10代のころに描いた縮図(スケッチ)が、大田原市内の子孫の家で見つかった。本名の木村勝明から画名を「木勝」と記していたころの作品で、木村姓時代のものが確認されたのは初めて。少年期の斐を知る貴重な資料として注目される。(伊沢利幸)

 斐は、下野国益子(益子町)の神職の家に生まれ、11歳で隣町の茂木に滞在していた画家の島崎雲圃(うんぽ)(1731~1805年)に入門。唐美人図や鮎図などを習った。30代の半ばに黒羽(大田原市)の神社の神職、小泉家の養子となる。
 その後、黒羽藩主に招かれ城内の鎮国社宮司になり、藩絵師として画業にも専念した。号は「檀山」。
 斐が生涯描き続けた一つに「鮎図」があり、正確な描写から「猫が絵にとびついた」とのエピソードも残っている。
 木村姓時代の縮図は、斐から数えて6代目となる八雲神社宮司の小泉忠光さん(72)宅=大田原市黒羽田町=で見つかった。古画などを模写したもので、「天明五巳臘月仲旬 雲圃先生伝木勝桑甫」と記されていた。天明5(1785)年12月中旬、島崎雲圃から絵を習っていた15歳のころのものとみられる。
 薄紙には、仙人など中国起源の人物画や俳人の松尾芭蕉などが描かれていた。仙人画の横には「興意」の文字があり、手本の一つは狩野派画家の作品らしい。
 また、芭蕉の絵には斐の筆とみられる「古池や蛙飛び込む水乃音」の句も添えられていた。
 芭蕉は「奥の細道」の旅で黒羽に最も長く滞在するなど、ゆかりがあった。
 斐の晩年の縮図はこれまでも確認されているが、県立美術館の橋本慎司特別研究員は「斐の木村姓時代の縮図が見つかったのは初めて」と指摘。そして「若い時代のものは本画も数少なく、縮図は斐がどのように自らの制作の糧にしていたかなどを知る上で、非常に貴重な資料といえる」と話している。

Wikipedia : 小泉斐