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道三の城下町遺構を初確認 信長「火攻め」の跡

 美濃地方(岐阜県南部)の戦国武将斎藤道三が、のちに岐阜城となる稲葉山城のふもとに築いたとされる城下町の遺構が、岐阜市の発掘調査で1日までに初めて確認された。織田信長が美濃に攻め入り、町に火をつけた跡も見つかり、市は「文献の記述を裏付ける貴重な発見」としている。
 市教育委員会によると、確認されたのは、16世紀中期の斎藤道三の時代に築かれた武家屋敷の一部とみられる掘立柱建物の跡や井戸、屋敷と屋敷を区切る幅約5メートルの溝など。
 信長の美濃侵攻は1567年。家臣が記録した「信長公記」には、城下町に火をつけたという記述がある。今回確認された遺構の上層には、火災によって焼けた土や炭の層が約10センチにわたって堆積。この時代に製造されたとみられる陶磁器も土中から発見され、記述の裏付けとなっている。
 大阪市立大大学院の仁木宏教授(中世・近世都市史)は「斎藤道三の家臣の屋敷と推定され、焼き打ちに遭ったことを物語る。信長の時代の遺構は少なく、この地区を信長がどのように利用したのか検証が待たれる」としている。

Wikipedia : 斎藤道三
Wikipedia : 信長公記