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掘立柱建物と竪穴住居跡出土 滋賀・東近江市、下羽田遺跡

 ■縄文時代晩期末の集落跡から

 ≪専門家「稲作考えるうえで貴重」≫

 縄文時代晩期末(紀元前5世紀ごろ)の下羽田遺跡(東近江市上平木町)集落跡で、竪穴住居と掘立柱建物の跡が出土し、県文化財保護協会が23日、発表した。この時期の遺跡で同じ集落から両遺構が出土するのは近畿で初めて。専門家は住居の隣接地に、掘立柱建物の倉庫があったと推定。この集落は本州では早い時期に稲作が始まり、倉庫には作物を貯蔵していた可能性があるとみている。
 下羽田遺跡は、川がつくる扇状地の端にあり、水稲栽培に適した土地だったとみられている。今回の調査では、支柱4~6本を地面に直接立てた掘立柱建物跡5カ所(縦横5~2メートル)と、地面を掘り下げてつくった竪穴住居跡6カ所(直径約5メートル)が出土した。
 同時期の遺跡ではこれまで、乾いた土地、湿った土地で建物形態を変え、それぞれ竪穴住居、掘立柱建物を建てて暮らすと考えられていた。調査地を視察した立命館大の矢野健一教授(考古学)によると、竪穴住居跡は家として使用したとみられるが、掘立柱建物跡は、太い柱跡が残っていることから、この時期に集落でつくられていた稲などの農作物を貯蔵する倉庫として使われていたと推定。
 また、発掘した県文化財保護協会によると、掘立柱建物跡のうち2カ所の近くから、骨を入れたとみられる土器が入った墓も出土しており、この建物跡が葬儀を営む場だった可能性もあるという。
 矢野教授は「掘立柱建物跡が農作物の倉庫として使われていれば、縄文時代末期にこの地域で稲作が普及していた可能性がある。この時期、本州で稲作の跡が見つかった例は少なく、稲作が盛んな弥生時代に移行する過程を考えるうえで貴重な史料」と話した。
 現地説明会は27日午後1時半から。問い合わせは県文化財保護協会((電)077・548・9780)。

下羽田遺跡 | 埋蔵文化財学習シート
財団法人 滋賀県文化財保護協会
現地説明会情報:(財)滋賀県文化財保護協会