徳島新聞社
鳴門の碁浦御番所、実態解明 女性2人、古文書史料集を出版

 江戸時代に鳴門市北灘町に置かれ、人や物資の出入りを管理した「碁浦(ごのうら)御番所」に関する古文書を、「板野町古文書を読む会」の滝よし子さん(72)=同町羅漢=と森順子さん(69)=同町大寺=が読み解き、史料集にまとめた。海の玄関口だった碁浦御番所が、他の御番所より幅広い業務を担っていたことなどを明らかにしている。
 御番所の役人「御番人」を務めた庄屋・八田家(北灘町)に残されていた古文書計361点を分析。幕府が徳島藩を通じて、漂流船の持ち主調査や海難事故の不明者捜索などを依頼した文書が多く含まれていた。
 滝さんらによると、江戸時代には県内に56カ所の御番所があったが、大半は通行手形の審査が主な業務。碁浦御番所は庄屋が御番所を兼務する珍しい形態だったため、海にまつわる雑務を一手に引き受けるようになったとみられるという。
 この他、八田家が藩に宛てた「漁業調査報告書」には、現在は鳴門近海では捕れないカツオに関する記述があった。8代将軍徳川吉宗が中風を患った1730年ごろ、「食すと中風に効くカワウソを生け捕りするように」と幕府が全国に命じたお触れもあった。
 約5年をかけて読み解いた2人は「多岐にわたった仕事内容や、あまり知られていなかった民衆の暮らしが見えてきた」と話している。
 史料集「碁浦御番所 八田家文書」(縦23センチ、横16センチ)は約400ページ。1冊4千円で500部を発行。徳島、鳴門両市内の一部書店で販売している。問い合わせは滝さん<電088(672)3259>。

番所 とは – コトバンク