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消えゆく夜の社交場 韓国の「妓生(キーセン)料亭」文化

 グルメ、ショッピング、エステ、韓流スター…10代からオバサマまで韓国を席巻する日本人女性客の陰で「妓生(キーセン)料亭」と呼ばれてきた高級料亭が、ひっそりとソウルの街から姿を消しつつある。(SANKEI EXPRESS)

政財界人の「夜の社交場」

 民族衣装チマ・チョゴリ姿の女性がそそとした振る舞いで、客にはハシも持たさず、伝統的な宮廷料理と歌舞音曲でもてなす。日韓国交正常化(1965年)以来の両国の政財界人の夜の社交場でもあったのが韓国の伝統的な高級料亭だった。
 昨年9月、ソウルを代表する高級料亭「梧珍庵」が店を閉じ伝統家屋が解体された。「梧珍庵」の創業は1953年。共同通信によると、朴正煕大統領時代の60年代には「料亭政治」の舞台となり、72年の「南北共同声明」をめぐって訪韓した北朝鮮要人が、この店で韓国中央情報部部長(当時)の李厚洛氏と会談したという。
 梧珍庵で30年以上、経営に携わった崔相信さん(61)によると、市内には全盛期に25軒前後あった高級料亭は、今は数軒を残すのみという。
 「キーセン(妓生)」というと日本人男性の買春目的の旅行を指す「キーセン観光」が有名だ。朝鮮戦争(1950-53年)で荒廃した韓国では、公娼の「キーセン」が高度成長後の日本人男性観光客を相手にその名をとどろかせた。

ニーズ多様化・観光客激減

 もともとの韓国の「妓生」は、その歴史が新羅時代(4-8世紀)まで遡(さかのぼ)るるという宮妓で、歌舞、詩歌をたしなんだという気位の高い接待女性たちだ。90年代までは、まだ芸事をたしなむ伝統の妓生たちもいた。崔さんは「韓国の伝統料理店であり、高級社交場だった。韓国の情緒を知ることができる場所だった」と懐かしむ。
 だが、顧客ニーズの多様化や企業の交際費節減で客足は遠のいていった。
 崔さんは、近くで別の高級料亭「都園」も営むが、客は決して多くない。最盛期に6割を占めた日本人客が1割程度に激減したことも経営不振に拍車をかけた。
 「こうした店は、もう5年と持たないでしょう。韓国独自の文化が消えるようで寂しいですよ」と崔さんは話す。

伝統の名店も閉店

 韓国には“妓生ヒロイン”が何人かいる。低い身分の美しい妓生と若い官吏の悲恋の物語「春香伝」は、伝統歌謡パンソリの名歌だし、日本の豊臣秀吉の朝鮮半島出兵にまつわり、日本の武将を抱きかかえたまま川に飛び込んだ妓生ノンゲは「韓国のジャンヌ・ダルク」と呼ばれているスター妓生だ。
 しかし、歴史を経て妓生の姿は大きく変化した。近年は「料亭政治」のスタイルも変り、会食は高級レストランが主流になった。90年代まで活躍した「妓生」の数も激減。「妓生料亭」は立ちゆかなくなった。
 いま残る、一握りの高級料亭も観光客向けの店がほとんど。伝統と風格の名店は消えていく。代わってソウルの料亭は多国籍化したレストランに様変わり。客は男性から女性に、国籍は日本人に加え、中国人の激増が目立っている。

Wikipedia : 妓生
Wikipedia : 기생
2010.09.08 서울 3대 요정 ‘오진암’ 사라진다 : 사회일반 : 사회 : 뉴스 : 한겨레