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豆相人車:客車を復元 明治時代、小田原-熱海間を手押し輸送 /神奈川

 ◇宿泊施設経営・内田昭光さん「歴史伝承に」

 明治時代に小田原-熱海間を人力で結んだ「豆相(ずそう)人車鉄道」の車体を、小田原市根府川の宿泊施設経営、内田昭光さん(68)が復元した。レールに乗った6人定員の木製客車を3人の車夫が手押しで輸送したユニークな乗り物で、内田さんは「人車鉄道は根府川も通っており、地域の歴史伝承や活性化に役立てたい」と話している。
 同鉄道は東海道線が御殿場経由だった1896(明治29)年に全線(約25キロ)が開通した。温泉保養地だった熱海に行くには、人力車やかごに乗るか、歩くしかなかった。
 現在、小田原から熱海までは新幹線なら10分足らずだが、同鉄道は国道135号などの坂道や急カーブの続く海岸線を走り、約4時間もかかった。
 急な上り坂では乗客も車体を押し、脱線も多かったが、小田原から熱海まで上等1円、中等60銭、下等40銭で湯治客らに重宝された。開通からわずか10年で、蒸気動力の軽便鉄道にバトンタッチしたが、当時ならではのレトロな運行方式は地元で語り継がれ、路線跡も残っている。
 宿泊施設の敷地内に復元された車体は高さ1・6、長さ1・7、幅1・3メートル。車輪には鋳物を使い、車体とともに木製のレール(軌間61センチ、長さ約20メートル)も内田さんらが手作りし、実際に人を乗せ、押して走れるようにした。製作費には約100万円かかったという。
 同鉄道の客車は湯河原町宮上の室伏昇さん(89)も01年に完成させているが、「イベントへの貸し出しも考えており、合わせて2台の客車を走らせてみたい」と内田さん。客車は10月3日に敷地内でお披露目することにしているが、「明治時代にタイムスリップし、浮世離れした車体にロマンを感じてもらえれば」とも話している。問い合わせは内田さん経営の「離れのやど星ケ山」(0465・28・1122)。

Wikipedia : 熱海鉄道
Wikipedia : 人車軌道
豆相人車鉄道
離れのやど 星ヶ山 公式サイト